後縦靭帯骨化症と診断されて最初に不安だった5つのこと

後縦靭帯骨化症
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【私の体験談】

 私が**後縦靭帯骨化症(OPLL)**と診断されたのは、既に重症化して緊急搬送された後のことでした。その時、首から下はまったく動かず、ベッドの上で考えを巡らすことしかできませんでした。
 これを読んでおられる方の中には、突然「難病」と告げられ、不安や戸惑いの中にいる方も多いと思います。この記事では、私自身が診断直後に強く感じた不安を5つに分けて振り返ります。同じ病気と向き合っている方や、そのご家族の参考になれば幸いです。
 なお、これは一個人の体験談であり、治療には必ず専門の医師に相談してください。

 医師から「後縦靭帯骨化症は指定難病に該当する病気です」と説明を受けたとき、当時の私は「難病=現代医学では治らない病気」というイメージを強く持っていました。
 たただ実際には、「治る・治らない」という単純な話ではなく、どこまで回復するか、どこに後遺症が残るかには個人差が大きいという説明でした。医師からも、

「回復の程度は人によって異なり、現時点で断定的なことは言えません。ただし、今後のリハビリの経過を見ながら、生活動作の見通しをお伝えすることはできます。」

と説明されました。
 このとき私は、「医学的に予測が難しい部分が多い病気だからこそ、難病とされているのだ」と受け止めました。

 回復の見通しが分からない状況の中で、次に頭に浮かんだのが仕事を続けられるのかという不安でした。

 近年はバリアフリー化が進められていますが、すべての建物が完全に対応しているわけではありません。私の勤務先の建物の多くは比較的新しく、バリアフリー対応が進んでいましたが、古い施設では車椅子での移動が難しい場所もありました。

 当時の私は管理職としてデスクワークが中心でしたが、東京への出張も多く、駅構内や電車・地下鉄などの公共交通機関をどこまで利用できるのか、大きな不安がありました。

 そのため、少なくとも車椅子での移動が可能であることが、仕事を続けるための最低条件だと感じていました。

 「今はまったく動かない身体でも、何とかして動けるようになりたい」——そう強く思うようになりました。その中で向き合うことになったのがリハビリテーションです。

リハビリテーションは、

  • re(再び)
  • habilis(適した状態にする)

という言葉に由来すると言われています。

 私はこの意味を知り、「もう一度、自分の身体を生活に適した状態へ近づけるための過程なのだ」と理解しました。簡単な道ではありませんが、リハビリなくして回復はないと強く意識するようになりました。

 医師からは、

「後縦靭帯骨化症は進行性を伴うことがある病気ですが、進行の程度や再発の可能性には個人差があります。」

と説明を受けました。

 私の場合は、発症時点ですでに重症化していたため、将来的な再発や進行のリスクが比較的高い可能性があるとも言われました。ただし、これもあくまで一般的な傾向であり、個人に対して確定的な予測ができるものではない、という前提付きでした。

 退院後、長い時間を過ごすことになるのは職場以上に自宅です。しかし、多くの住宅は最初からバリアフリー仕様にはなっていません。

 そのため、手すりの設置や段差解消など、住宅の一部改修や補助具の導入が必要になることがあります。手術や入院で医療費がかかる中、さらに住環境にも費用がかかることに対し、正直「弱り目に祟り目だ」と感じた時期もありました。

 後から知ったことですが、介護保険制度を利用することで、一定額を上限とした住宅改修の支援を受けられる場合があります。金額の感じ方は人それぞれですが、利用できる制度は積極的に検討する価値があると思います。なお、内容や条件は自治体によって異なるため、早めに市町村窓口やケアマネジャーへ相談することが大切です。

 また、もう一つ重要なのが交通手段です。退院後すぐに自動車の運転が再開できるとは限りません。特に地方では移動手段が限られるため、生活への影響は大きくなります。そうした現実を考えると、「少しでも身体機能を回復させたい」という思いが、リハビリへの強い原動力になりました。


- あとがき -

 自動車の運転については、最終的に短距離であれば可能なところまで回復しました。ただし、通勤などの長距離移動については、妻に送迎してもらうことになりました。

 妻も自分の仕事を持ち、家事などやるべきことが多い中で、私の体調や生活に細やかに気を配ってくれました。その支えがなければ、今の自分はなかったと思います。改めて、心から感謝しています。ありがとう。