住所や名前を書く
作業療法は鉛筆を持って自分の住所、名前を書くことから始まる。訓練を始めたばかりの私の握力は、利き手である右手がほぼ「0」、多少回復が早い左手が「1~2」。とてもじゃないが、あの細い鉛筆を三本の指で支えられるはずもなく、字を書くどころではなかった。比較的動きやすかった左手を利き手に変えようとしてみたが、長年そのように使うことがなかったため、読む相手が可哀そうになるくらい悲惨な出来栄えだった。
そこで、OT(Occupational Therapist:作業療法士[”OPLL / MI”参照])が出してくれた秘密兵器が、鉛筆に巻く自助具(※1)だ。これによって持ちやすさは改善できたが、指や手首の関節がスムーズに動くようになった訳では無い。仕方が無いので肘を動かせて文字を書くようにした。
… 一文字書くのにどれだけの時間を要しただろうか …
OTは何も言わずに、顔に笑みを浮かべて待ってくれている。出来上がったら優しく褒めてくれる。それも仕事と言われればそれまでだが、褒められることは次への意欲につながる。
一方、私への課題は日ごと着実に増えて来る。その計画性と実行性の見事さは、多分これまでの知見と実績に基づいたものなのだろう。ここの病院スタッフの業務習熟度は素晴らしいものだった。
ペグをつまむ、返す、差し込む
次に控えしは、ペグボード(※2)による作業療法だ。最初は、机上に拡がっているペグをつまみ、机上奥にあるボードに差し込むだけの作業だが、慣れてくると、親指と人差し指でつまんだペグを中指で返してからボードに差し込む作業になる。
その内、目標となるボードはどんどん遠くなり、否が応でも肩・肘・手首関節の可動域を拡げないと成果が出なくなってしまう。大変だったことは、作業中にペグを一度でも落とすとやり直さなければならないため、単純なようだが慎重に進めなくてはならず、かと言って無限に時間がある訳ではないので、結構汗をかく作業であった。これは、徐々に生活半径内での可撓性を拡げるための大切な作業だ。
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※1 筆記用具などの文房具には障害に応じた様々な用具が開発されている。例えば鉛筆などのペン類では、指先に力があまり入らなくても筆記をし易くするためのツールとして「スポンジハンドル」という物がある。外見は「ちくわぶ」表面のギザギザを細かくした様な形となっており、スパイラル状に切り込みを入れることで、多種にわたる形状や太さのペン類に対応できるようになっている。厚みは6~7mmあり、鉛筆に巻きつけると直径が20mm以上になるので、指先に力が入らなくても書きやすさが格段に良くなったと自覚できた。
※2 ペグボード:大小様々な形状のペグを指でつまみ、ペグと同径の穴が開いたボードに差し込む作業療法具。差し込みの正確性や時間を計測することにより、患者のリハビリ進捗度を計ることができる。