急性期リハビリテーションの始まり|寝たきり3週間からの第一歩
急性期病院のリハビリ事情と家族のサポート
手術が終わって、いよいよリハビリテーションによる身体機能の回復処置が始まりました。回復のためのリハビリには急性期、回復期、維持期(生活期)の三段階があり、患者の症状に応じて段階ごとにかける負荷は変わってきます。
私の場合の急性期リハビリは、四肢が全く動かなかったのでベッドの上で行うことになりました。しかし、病院内での施術は平日は1コマ(20分)だけです(その日の施術数が少なければ2コマ(40分)の場合もありました)。
これは急性期病院であれば仕方のないことで、特に冬季は転倒などによる整形外科患者が増えるため、リハビリのニーズがとても多くなることから、一患者にかける時間が限られてしまうからなんだそうです。
病院に来てから3週間近く寝たままの状態でしたので、ただでさえ麻痺している身体は全身がこわばっている状態でした。
ここからは、私が急性期病院でのリハビリの流れをご紹介します。①から⑥までのかかった日数は4週間弱です。
- 回復期病院転院までの流れ
①四肢のストレッチとマッサージ
リハビリの始まりは、四肢のストレッチとマッサージで、石のように凝り固まった身体を揉みほぐしてもらうことから始まります。
しかし、休診日は病院でのリハビリがありませんので、休日明けになると身体がまた元の状態に近くなってしまっていました。
そこで、主治医と療法士の許可を得て、妻に同じようなストレッチをしてもらいました。
仕事や家事、ましてや大雪の中で大変だったろうに、どんな時でも毎日見舞いに来てくれた妻にはとても感謝しています。
”頸椎手術後の急性期リハビリで起立訓練を受ける男性” © いらすとや
②できるだけ長い時間ベッドの上で座る(足は伸ばした状態でもよい)訓練
わずかながらでも四肢を自力で動かせるようになってきたら、背中を支えてもらい、できるだけ長い時間ベッドの上で座る訓練となります。③ベッドから足を出して床に着け、半立位状態を保つ訓練
そして、ある程度座位の状態が保てるようになったら、ベッドから足を出して床に着け、半立位状態を保つ訓練となります。
もちろん上半身は支えてもらっていますが、できる限り自分で姿勢を保つようにしなければリハビリになりません。④ベッドから離れて立つ訓練
慣れてきたら次は、ベッドから離れて立つ訓練なのですが、これが結構大変でした。もちろん身体は支えてもらっていますが、1か月近くずっと寝たままだった私の脚の筋肉は、相当痩せ衰えてしまっていて、足に全く力が入らないし、足を床につけた途端に脚全体がビリビリと強いしびれを伴うのです。
くじけそうになっている私を見て療法士の方は、「数秒でも良いので立てる様にしましょう。ベッドから車椅子に移れるかどうかで今後の生活の幅が違ってくるのですよ。」
と言われ、納得した私はがむしゃらに立とうと頑張りました。そして、支えてもらって何とか数秒でも立てるようになったとき、絶望の淵にいた私の心に、一条の光が差し込んだような気がしました。
⑤車椅子への移動
支えてもらってでも立てるようになったら、次は車椅子への移動です。もちろん、身体は全て療法士の方にあずけています。私は大男ではありませんが、そこそこの体重はありましたので療法士の方は大変だったと思います。本当に感謝しています。⑥手を洗う訓練
何とか車椅子に座ることができるようになったら次は、洗面台の前に連れてこられ、そこで手を洗う訓練です。しかし、その時の私は手を差し出す力も無く、現時点では全て補助が必要なレベルでした。
そう、私のリハビリの進捗は「カメの歩み」より遅いと言ってもよいでしょう。とても数か月で社会復帰できる状況ではないということは、素人の私でも理解できました。
主治医からの厳しい宣告と「リハビリ専門病院」への転院
そんな折、主治医から次のステップへの提案がありました。
社会復帰を目指すための大きな決断
「このままでは、退院できたとしても日常生活に支障をきたすでしょう。ましてや仕事など難しい状態です。」
「そこで提案なのですが、リハビリ専門病院へ転院し、できるだけ良い状態で社会復帰を果たすように訓練しませんか?」
「ただし、訓練は非常に厳しく、諦めて退院する患者もおられます。」
「また、今の状態からだとそこでのリハビリメニューをこなしたとしても、車椅子での社会復帰がよいところかもしれません。」
「それでも、今よりは動ける状態になると思います。」
ここまできて進歩を望まないでいられましょうか。私は転院の手続きをお願いしました。
四肢麻痺での入院生活|センサー型ナースコールと医療現場のリアル
介助を受ける情けなさを超えて
手術後、身体が落ち着いてきたら食事は経口食となります。しかし四肢が麻痺して動かない私は、食事はもちろん、食後の歯磨きも、着替えも、排泄も、全て看護師等医療スタッフの方の介助がなければできません。健康な人間に、この状態と同じようにやってもらえと言われたら、恥ずかしさと情けなさで大半は拒否するでしょう。そんな中で何よりも大変だったのはナースコールです。
四肢が動かない私はナースコールのボタンが押せません。ではどうしたか。病院というところはこんな患者の為に便利な器具があるんです。声に反応する「センサー型ナースコール」。大きめな声でないと反応しないので、呼ぶときはちょっと恥ずかしいのですが贅沢は言っていられません。
この器具のおかげで不自由から少しは解放されました。しかし、いかんせん看護師等の医療スタッフの数が足りていないため、すぐには対応していただけない。今や多くの病院が厳しい経営状況に置かれています。加えて人手不足も深刻で、十分な人数のスタッフを確保することが難しい現状があります。よって、スタッフの方々は朝に夕に目が回るほど働いておられる。特に夜勤時は、どこの病院でも病棟スタッフは数少なくなるため、消灯と同時に看護師の方々の運動会が始まります。これは、決して茶化すつもりはないのですが、それだけ大変だということです。
夜勤の看護師さんへの敬意と、入院生活のマナー
しかし、何故でしょう?私も最初は気づけなかったのですが、何故消灯と同時にあちこちでナースコールが鳴り響くのでしょうか?私の経験した限りですが、どこの病院でも同じ現象がおきていました。消灯時間は分かっているはずなので、何故その前に寝る準備をしておかないのでしょうか?
入院生活とは、他の患者やその家族だけに気を遣うだけでなく、支えてくれている医療スタッフ等の方々にも、わずかでも気を遣うことは大切なのではないでしょうか。
これから身体能力回復のためのリハビリが始まります。
怖さ半分、期待半分。どんな病院なんでしょうか。
この続きは「後縦靭帯骨化症(OPLL)の回復期リハビリ|専門病院への転院と『11の目標』【OPLL2-1】」でお待ちしています。
無理のない範囲でお読みいただければ幸いです。
