いよいよ本格的なリハビリが始まった。しかし、自力で起き上がるどころか寝返りさえ満足に出来ない転院当初の私にとって、訓練室(リハビリテーション室)は何と遠いことか。
先ずは急性期リハビリ時と同様、脚や腕の曲げ伸ばしと握力をつけるための訓練をするのだが、今度は時間をかけて[1] 徹底的に行われたため、お陰で2~3日で寝返りが出来るようになった。しかし、ここから難儀した。
起き上がれないのだ。
どこをどう踏ん張っても上半身を起こすことが出来ないのだ。2か月近く寝たきり状態だったため全身の筋肉がやせ細り、関節の可動域がかなり小さくなってしまっていた。
ただ起上がるだけなのに
取りあえず、電動ベッドの背上げ機構を利用して上半身を立てた状態とし、何とかベッドから脚を下した状態にできた。ここからはリハビリスタッフが私を抱え上げ車椅子に移動してくれるのだが、入院生活で瘦せたとはいえ転院当時の私の体重は65kg前後。そんな身体の移動を、特に女性スタッフにとっては(一人でやらなくてはならないので)重かっただろうし、加えて入院当初から装着している尿カテーテルの畜尿袋も併せて移動しなくてはならないのだ。
そして訓練室に行けば、先程とは逆に車椅子からリハビリ用診察台へ(畜尿袋と共に)移動させる。リハビリが終われば来た時の逆の事をしなければならず、1日何回もこれを繰り返すことになる。仕事とはいえスタッフは大変だったろうと思うが、お陰で私の身体には多少なりとも筋肉がついてきて、身体の可動域が少しずつ広がってきていた。
私の場合のリハビリは、初期は運動療法と作業療法が並行して行われたが、兎に角ベッドから起き上がれないと次のステップに進めないので、PT[2] の方もたくさんの時間をかけて此れに携わってくださった。
毎日、リハビリの始まりは各部位のマッサージと関節の可動域を拡げることから始まり、その後はベッドマットの上で起き上がりの練習を繰り返していたのだが、上手くいかない日が何にも続いた・・。
書くという基本動作
その後は作業訓練。先ずは、鉛筆を持って自分の住所と名前を書くことから始まる。訓練を始めたばかりの私の握力は、利き手である右手がほぼ「0」、多少回復が早い左手が「1~2」。とてもじゃないが、あの細い鉛筆を三本の指で支えられるはずもなく、字を書くどころではなかった。比較的動きやすかった左手を利き手に変えようとしてみたが、長年そのように使うことが無かったため、読む相手が可哀そうになるくらい悲惨な出来栄えだった。
そこで、OT[3] の方が出してくれた秘密兵器が、鉛筆に巻く自助具[4] だ。これによって持ちやすさは改善できたが、指や手首の関節がスムーズに動くようになった訳では無い。仕方が無いので肘を動かせて文字を書くようにした。
… 一文字書くのにどれだけの時間を要しただろうか …
OTの方は何も言わずに、顔に笑みを浮かべて待ってくれている。出来上がったら優しく褒めてくれる。それも仕事と言われればそれまでだが、褒められることは次への意欲につながる。
一方、私への課題は日ごと着実に増えてくる。その計画性と実行性の見事さは、多分これまでの知見と実績に基づいたものなのだろう。ここの病院スタッフの業務習熟度は素晴らしいものだった。
ペグをつまむ、返す、差し込む
次に控えしは、ペグボード[5] による作業療法。最初は、机上に拡がっているペグをつまみ、机上奥にあるボードに差し込むだけの作業だが、慣れてくると、親指と人差し指でつまんだペグを中指で返してからボードに差し込む作業になる。
その内、目標となるボードはどんどん遠くなり、否が応でも肩・肘・手首関節の可動域を柔軟に拡げないと成果が出なくなってしまう。
大変だったことは、作業中にペグを一度でも落とすとやり直さなければならないため、単純なようだが慎重に進めなくてはならず、かと言って無限に時間がある訳ではないので、結構汗をかくほどの作業であった。
これは、徐々に生活半径内での可撓性を拡げるための大切な作業だ。

© いらすとや
コインをつまんで裏返し、箱の中に入れる
コインをつかむという動作は、指先から手首に至る全関節を上手に使えないと出来ない。それぞれにバランスよく、時には一か所に、その力の加わえ方を調整しないと摘まみ損ねたり、コインを無用に滑らせたりと悪戦苦闘する羽目になる。そうこうしている内に、いつの間にかコインが机上から姿を消してしまっているということが訓練当初はざらにあった。
コインをつまむことが出来たら、次はつかんだ片手だけでコインを裏返しにして、ペグボードでのリハビリと同様に、机上奥にある箱の中に整然と並べなくてはならない。この訓練も、コインを途中で落としたりすれば最初からやり直しだ。
この様な訓練は見た目だけに止まらず、指・手から腕に至るまで日常生活に必要な可動域を拡げる事で、次の箸を使っての訓練にもつながる大切なリハビリなのだと私は思った。
箸を使って小豆をつまんで移動する
入院当初、私の食事用具は先割れスプーンで、柄にはスポンジハンドル(「OPLLの回復期リハビリ(指先の感覚を呼び覚ます-1-)参照」)が付いていた。しかも、当初はまだ利き手が上手く動かなかったので、左手での食事だ。当然そのままでよい訳がなく、時をかけずに利き手である右手に変更したのだが、力がほとんど入らず、食事を口に運ぶまでに結構時間がかかった。
その内リハビリが進み、指や手に力が着いてくるようになると、先割れスプーンを使った食事では日常的な献立とかけ離れてしまう事から、OT他スタッフの方々と相談し箸の自助具を利用した食事とするようにした。この時に使用した自助具が「箸ぞうくん[6] 」というものだ。
箸を使ったリハビリも「箸ぞうくん」を使って行う。この訓練も至ってシンプルで、左右どちらかの容器に入った50個ほどの小豆を、箸を使って反対側の空容器に移動させる。最初から上手くいくとは思っていなかったが、見事に的中した。何所をどうつかんでもツルリツルリと小豆が逃げて行く。力の入り過ぎだ。両箸に均等に力が加えられていないと駄目なのに、つかもうと必死になりすぎて指・手・腕の全てが硬直してしまっている。何事もそうだが肩の力を抜いて全身をリラックスさせないと、素早く豆をつかんで移動させることなど出来ない。コツをつかんでからはこの作業が苦にはならなくなった。やがて、通常の箸による訓練も近いだろう。
注
- リハビリはどのようなステージでもマンツーマンが原則となっている。回復期リハビリの場合、一患者の訓練時間は1日の内20分1コマを最大9コマ、計3時間以下としなければならない決まりがある。コマの使い方は単独でも連続でもよいが、機能回復度によっては1回のリハビリに数コマを使って集中的に実施することもある。なお、入院できる期間は疾患の種類などにより厚生労働省で定められているが、180日が現在の最長入院期間となる。 ↩︎
- PT:Phycial Therapist(理学療法士)理学療法とは、病気・怪我・高齢・障害などによって運動機能が低下した状態にある人々に対し、運動機能の維持・改善を目的に運動・温熱・電気・水・光線などの物理的手段を用いて行われる治療法。(出典:公益社団法人日本理学療法士協会) ↩︎
- OT:Occupational Therapist(作業療法士)作業療法は、人々の健康と幸福を促進するために、医療・保健・福祉・教育・職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療・指導・援助である。対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。(出典:一般社団法人日本作業療法士協会) ↩︎
- 筆記自助具:筆記用具などの文房具には障害に応じた様々な用具が開発されている。例えば鉛筆などのペン類では、指先に力があまり入らなくても筆記をし易くするためのツールとして「スポンジハンドル」という物がある。外見は「ちくわぶ」表面のギザギザを細かくした様な形となっており、スパイラル状に切り込みを入れることで、多種にわたる形状や太さのペン類に対応できるようになっている。厚みは6~7mmあり、鉛筆に巻きつけると直径が20mm以上になるので、指先に力が入らなくても書きやすさが格段に良くなったと自覚できる用具である。 ↩︎
- ペグボード:大小様々な形状のペグを指でつまみ、ペグと同径の穴が開いたボードに差し込む作業療法具。差し込みの正確性や時間を計測することにより、患者のリハビリ進捗度を計ることができる。 ↩︎
- 箸ぞうくん:生活自助具の一つ。箸の天(頭)が繋がっており、持ち代は親指と人差し指での掴み形にフィットする形状となっている。使い代は長くなく箸先は天(頭)に仕込まれたバネ構造により開いている。使用者は、親指と人差し指で箸を掴み形を閉じるだけで箸先が閉じるというシンプルな構造となっている。 ↩︎
